大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)4197号 判決 1996年12月11日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、名古屋金属株式会社に対し、1億5,350万円を支払え。

2  被告は、名古屋金属株式会社に対し、6,000万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  答弁

1  本案前の答弁

(一) 請求の趣旨1にかかる訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告らは、それぞれ左記の株式会社(以下「本件会社」という。)の株式を6か月以上前から継続して保有する株主である。

商号 名古屋金属株式会社

本店 名古屋市千種区<略>

資本金 1,000万円

(二)  被告は、平成5年11月15日から本件会社の代表取締役の地位にあるものである。

(三)  乙野春男(以下「春男」という。)は、本件会社創立以来、被告が代表取締役に就任するまで、本件会社の代表取締役であったが、平成5年11月16日死亡した。被告は、春男の子であり、右同日春男を相続した。

2(一)  役員報酬及び役員賞与

春男は、本件会社の代表取締役在任中の昭和60年度3月期から平成6年3月期にかけて、本件会社から役員報酬及び役員賞与として、役員報酬1億1,630万円(以下「本件役員報酬」という。)及び役員賞与3,720万円(以下「本件役員賞与」という。)の合計1億5,350万円(以上を総称して、以下「本件役員報酬等」という。)を受け取った。

(二)  退職慰労金

被告は、亡春男の相続人らに対し、春男が代表取締役を退任したことに対する退職慰労金6,000万円(以下「本件退職慰労金」という。)を支払った。

3(一)  株主総会決議の欠如

役員報酬及び役員賞与並びに退職慰労金の支払は、商法269条により、定款又は株主総会の決議によるべきところ、本件会社の定款にはその旨何らの定めがなく、かつ、株主総会の決議もないにもかかわらず、本件役員報酬等及び本件退職慰労金が支払われた。

(二)  本件役員報酬等及び本件退職慰労金の不当性

民間賃金調査機関(株式会社政経研究所)の調査によると、昭和61年から平成6年において、調査対象となった営業中会社の非常勤取締役1人当たりの平均年収額は219万円に過ぎないが、本件会社は、昭和39年以来今日に至るまで事実上営業休止の状態にあり利益がないにもかかわらず、右平均年収の約7ないし9倍もの本件役員報酬等の支払をなすことは極めて不当である。また、本件退職慰労金についても、右本件役員報酬等の支払に照らせば、同じく不当である。

(三)  積立金若しくは準備金又は重要な会社財産の取崩し

本件役員報酬等及び本件退職慰労金は、本件会社には営業上の利益が全くないにもかかわらず、株主総会の決議を得ずに積立金及び準備金を取り崩し、あるいは重要な会社財産たる不動産を処分して、利益があるかのごとく装い、しかも株主への配当を無視して支払われたものである。また、役員賞与の支払は、配当可能利益が存するときに限り、その一部によりなされるべきものであるが、右のようにして、配当利益があるかのごとく装って支払われた。

4  被告の前記2(一)及び(二)の各行為は、右3(一)ないし(三)のとおり、商法に違反することは明らかであるから、被告は、商法266条1項5号に基づき、本件会社が被った損害である本件役員報酬等及び本件退職慰労金の合計額2億1,350万円を賠償する責任がある。なお、右2(一)の行為は春男がなしたものであるが、前任者の違法行為の結果が現存する限り、後任者はその結果を是正する義務があるというべきである。

また、被告は、本件会社に対し、春男の相続人としても賠償責任がある。

5  原告らは、本件会社に対し、書面をもって、取締役たる被告の責任を追及することを求め、右書面は平成6年9月4日ころ到達したが、本件会社は30日を経過しても訴訟の提起をしない。

6  よって、原告らは、商法267条に基づき、本件会社のため、被告に対し、本件会社に266条に基づく損害金として2億1,350万円の支払を求める。

二  被告の本案前の抗弁

1  株主が代表訴訟を提起するためには、株主はまず会社に対し、書面で請求することを要し、右書面には、訴えの提起の請求、提起すべき相手方役員の氏名及び提訴の理由(取締役の責任の発生原因)を、請求を特定できる程度に記載する必要がある。

2  前記請求原因5の提訴請求の書面(平成6年9月3日付「取締役並びにその遺産相続人に対する訴え提起請求書」(乙第1号証)、以下「本件書面」という。)は、提訴の理由(取締役の責任の発生原因)として、被告が、春男の相続人として、春男が本件会社から受けとった過大報酬分3,000万円の4分の1である750万円についての訴え提起の請求を受けたものと理解できるが、本件訴訟における理由は、定款に定めがないにもかかわらず、株主総会の決議を得ないで、1億5,350万円を支払ったことに対する被告自身の責任であり、両者ではその理由が異なるのみならず、役員賞与についてはその請求さえ受けていない。

3  よって、請求の趣旨1項の訴えは却下されるべきである。

三  原告らの本案前の抗弁に対する反論

1  株主代表訴訟の提起につき、株主が会社に対し事前に提訴請求すべきことは訴え提起の要件ではない。すなわち、

(一) 商法267条1及び2項は、請求し得ること及び提訴し得ることを定めているのみで、訴え提起前に会社に対し提訴請求することを訴訟要件とする旨を明記していない。訴権の基本にかかわる訴訟要件については明文で定められるべきものであり、そのような明文がない以上、訴訟要件と解するべきではない。

(二) また、会社が取締役の違法な行為による損害が発生しているのにその責任追及を怠っているときに株主が会社に代わって責任追及する株主代表訴訟は、広くその提訴が認められるべきであり、その立法趣旨に従い、合目的的に解釈すれば、株主の訴権を制限するような解釈は取り得ない。

2  仮に、事前の提訴請求が訴訟要件であるとしても、原告らは、不十分ながらも一定の内容で本件会社に対し、取締役責任追及の提訴請求をしている。右請求が本件訴えと同一でないとしても、社会的には十分その趣旨が理解できるはずであるから、本件訴えは右提訴請求の訴訟要件を満たしていると言うべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は認める。

2  同2の各事実は認める。

3(一)  同3(一)のうち、本件会社の定款に役員報酬及び役員賞与並びに退職慰労金に関する定めがないことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同3(二)は争う。

なお、本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支給が株主総会の議決を経たことは、後記5項において主張するとおりであるが、これらが株主総会で議決された以上、その当不当は株主総会決議取消の訴えによるべきことである。

(三)  同3(三)は争う。

本件会社の定款には、任意準備金の規定はなく、被告が取り崩した任意準備金は法定準備金ではないのであるから、会社の会計法則上何らの違法はない。

4  同4は争う。

5  同5は認める。

ただし、本案前の抗弁記載のとおりである。

五  抗弁

1  株主総会決議による承認

(一) 平成6年10月23日開催の臨時株主総会における議決

本件会社では、昭和55年9月28日開催の株主総会以来、株主総会が実際には開催されておらず、本件会社の取締役は、右株主総会において選任された春男、E山E男(以下「E山」という。)及びF山F男(以下「F山」という。)であったが、被告は、平成6年9月25日ころ、春男が死亡し、代表取締役がいないことから、東京在住のE山及び埼玉在住のF山に架電し、事情を説明してF山を代表取締役に選任の上、臨時株主総会を開催してほしいと相談したところ、両名から了承が得られた。そこで、代表取締役F山は、平成6年10月23日、本件会社の臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会」という。)を招集開催し、同総会は、本件役員報酬等を当該各期に支払ったこと及び春男の遺族に本件退職慰労金を支払うことを承認する旨決議した。よって、これらの議決により、右各支払当時の瑕疵は遡及的に治癒されている。

(二) 平成7年5月27日開催の定時株主総会における議決

本件会社の取締役会(同取締役会は、代表取締役である被告、取締役A山A子(以下「A山」という。)、取締役B山B子(以下「B山」という。)によって構成されるものであるが、右各役員が適法に選任されたことについては、原告らが平成7年11月7日の第8回口頭弁論期日において認めるところである。)は、平成7年4月29日、定時株主総会を開催することを決定した。そこで、被告は、同年5月27日、本件会社の定時総会(以下「本件定時株主総会」という。)を招集開催したところ、同総会は、再度右(一)同様の決議をしており、これにより支払当時の瑕疵は遡及的に治癒されている。

2  株主の権利放棄ないし包括的委任

本件会社においては、これまで2、3の例外を除き、株主総会を開催してこなかったが、春男の所持する株式は、その親族名義の株式も合わせると、発行済株式総数の圧倒的多数を占めていたこともあり、本件会社の株主は、このことにつき何らの異議も述べることなく、春男の会社運営に了解、同意してきていたのである。そして、春男が本件会社の全株券を所持していることからも明らかなとおり、本件会社の株主は、株主としての権利を放棄していたか、あるいは春男に対し、その運営等を包括的に委任していたと言うことができる。

3  信義則違反

原告らも他の株主と同様、これまで右2のような本件会社運営の実態を容認してきたにもかかわらず、今になって商店の規定によってこれを非難することは、信義則に著しく反し、権利の濫用である。

4  過失相殺法理の類推適用

本件会社の運営実態に対する責任は、右2のとおり、全株主がその運営実態を容認してきたものであり、春男一人の責任ではなく、他の取締役及び全株主の責任を不問に付したまま被告のみ責任を負担せしめるのは公平の原則に反するものであり、過失相殺の法理を類推適用して、その損害額を相当程度減額すべきである。

六  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)のうち、昭和55年9月28日開催の株主総会から本件臨時株主総会までの間、株主総会が開催されなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件臨時株主総会が開催された当時の本件会社の代表取締役は、F山ではなく被告であるし、被告がE山に架電したこともない。また、いわゆる持ち回りの取締役会が不適法であることに変わりはないのであるから、本件臨時株主総会は不存在ないし無効である。

(二)  同1(二)のうち、被告主張の各時点で被告が本件会社の代表取締役であり、A山A子及びB山B子が本件会社の取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件定時株主総会は、従前と同様架空のものである。なお、取締役の責任が免除されるのは、全株主の同意があった場合に限られるところ、本件では右全員の同意がないことは明らかである。

2  同2の事実は否認ないし争う。

被告は、本件会社運営について、他の取締役や株主の関与なく決定したのであるし、春男の株式取得が強引になされたという経緯を無視すべきではない。

3  同3の事実は否認ないし争う。

4  同4の事実は否認ないし争う。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本案前の抗弁について

1  株主が取締役の責任を追及する訴えを提起するには、事前に会社に対し書面をもって取締役の責任を追及する訴えの提起を請求することを要し、会社が請求のあった日から30日内に訴えを提起しないときに初めて自ら訴えを提起することができる(商法267条1、2項)が、これは取締役の責任追及の訴えの追行適格が本来会社にあることから、事前にその機会を与えるためであり、右書面には、その判断の前提として、訴えを提起すべき旨の請求、被告たるべき者の氏名及びその責任発生の原因たる事実を記載することが必要であり、これを欠く訴えは、不適法として却下を免れないものと解される。

なお、原告らは、本案前の抗弁に対する反論1(一)及び(二)のとおり主張するが、商法267条1、2項は、取締役の責任を追及する損害賠償請求権は会社に帰属する権利であり、本来この権利を行使して訴訟を追行するのは会社であるから、まず会社に訴訟追行の機会が与えられるべきであり、会社がその機会を与えられたにもかかわらず訴えを提起しないときに初めて、株主に訴訟追行の適格を与えるのが相当であるとの趣旨の規定と解されるし、そのように解しても株主にとってさしたる制限を与えるものとはいえないから、原告らの主張は採用できない。

2  そこで判断するに、原告らが、本件会社に対し、書面(以下「本件書面」という。)をもって、取締役たる被告の責任を追及すべきことを求め、その書面が平成6年9月4日ころ本件会社に到達したが、本件会社が30日を経過しても訴訟を提起しないことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない乙第1号証によれば、本件書面である「取締役並にその遺産相続人に対する訴え提起請求書」(乙第1号証)には、本件会社の前代表取締役春男及び被告に対し、善管注意義務ないし忠実義務違反に基づく損害賠償請求の訴訟提起を求めること、その責任は、春男が、本件会社の業務活動が昭和39年7月以来一切停止しているにもかかわらず、本件会社の財産を不当に処分し、本件会社の代表取締役として、取締役に対する過大な報酬を支払っていること、被告は春男の死亡後代表取締役に就任したが、一切株主総会を開催していないこと等の事情が記載されていることが認められる。

以上の事実からすれば、本件書面には、原告が本件請求原因で主張している事実の主要な事実が記載されおり、右記載された事実によって、本件会社は、請求原因記載の各責任を特定することが可能であり、かつ、その訴訟追行の機会を与えられたと言えるから、原告らの本件請求は適法である。

3  これに対し、被告は、被告の本案前の抗弁2のとおり主張し、前記乙第1号証によれば、春男に支払われた過大報酬額が約3,000万円であり、相続人にその返還を求めるとの記載が存在することが認められる。

たしかに、請求の趣旨1にかかる訴えは、被告自身の責任に基づく損害賠償請求権の行使であるのに対し、本件書面は、春男の責任に基づく損害賠償請求権を被告が相続したとするものであるが、本件書面全体の趣旨からは、右2記載の事実を前提にして訴え提起を求めたものと容易に理解することができることに鑑みれば、請求原因記載の各責任を特定することは可能であるから、被告の主張は理由がない。

二  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

三  そこで、請求原因3を判断するに当たり、被告が平成5年11月15日から本件会社の代表取締役の地位にあり、平成7年4月以降も、被告が本件会社の代表取締役に、A山及びB山が、本件会社の取締役にそれぞれ選任され、その地位にあったことについては自白が成立しているから、以下これを前提に抗弁1(二)を判断することとする。

1  まず、本件定時総会の経緯について検討する。

右当事者間に争いのない事実に、<証拠略>によれば、本件会社の代表取締役である被告は、平成7年4月29日、本件会社本社に取締役であるA山及びB山を呼び、取締役会を開き、次の定時株主総会において、本件役員報酬等及び本件退職慰労金の各支出の件を議題とすることを決定し、同総会を平成7年5月27日開催することにして、株主に招集通知を出したこと、本件定時株主総会は、右同日、予定どおり本件会社本社において開催されたが、出席した株主は、被告、A山及びB山のみであり、予め委任状の提出されていたE山、F山及びG山G男の株式を合わせると、発行済株式総数20万株の過半数を超える15万2300株であったこと、本件定時株主総会において、昭和60年3月期から平成6年3月期に支払われた本件役員報酬等の件及び春男に支払われた本件退職慰労金の件について審議が行われ、採決が行われたが、採決の結果、本件役員報酬等及び本件退職慰労金を各支払時に遡って支給することが本件会社定款19条により必要とされる出席した株主の議決権の過半数を超える15万2300株の賛成により可決承認されたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2(一)  被告本人尋問の結果により原本の存在及び<証拠略>によれば、本件役員報酬は取締役の職務執行の対価であり、本件退職慰労金も在職中の職務執行の対価であると推認されるところ、商法は、このような役員報酬及び退職慰労金が、取締役会ないし代表取締役により自由に決定し支払われることになると、いわゆるお手盛りの弊害が生じることから、これを株主総会の判断に委ね、その決議によらしめたものであるところ(同法269条)、右1認定事実によれば、平成7年5月27日に開催された本件定時株主総会により、事後的にしろ本件役員報酬及び本件退職慰労金の支出を遡及的に承認することが決議されたのであるから、株主総会の判断を経たものと言える。

また、<証拠略>によれば、本件役員賞与は、会社の利益処分として与えられるものであることが認められ、このような利益処分たる役員賞与は、商法281条1項、283条によれば、毎決算期の定時総会に提出してその承認を求めることを要するが、右規定の趣旨は、その承認権限が株主総会に属することを定めるものであり、右事項を目的に招集された株主総会は、右各規定の文言にかかわらず「定時総会」に該当すると解されるところ、前記1認定事実によれば、本件定時株主総会は、本件役員賞与の支出の件を目的に招集され、同総会において右議題は可決承認されたのであるから、定時総会の承認を経たものと言える。

(二)  なお、原告らは、違法無効な株主総会が後の株主総会でその瑕疵が治癒されることはないと主張するが、右(一)のとおり、本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支出は、本件定時株主総会の決議それ自体により遡及的に適法なものとなるのであって、右決議によりそれまでの株主総会が有効とされたのではないのであるから、原告らの主張は理由がない。

3  以上を前提にして、請求原因3について判断する。

(一)  原告らは、請求原因3(一)のとおり主張するが、前記2(一)に説示したとおり、本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支出については、有効な株主総会の決議を経たものであるから理由がない。

なお、原告らは、昭和55年9月28日開催の株主総会から本件臨時株主総会までの間株主総会が開かれなかったこと自体も被告の責任原因であるかのごとく主張する。しかし、原告らが損害として主張する本件役員報酬等及び本件退職慰労金が適法に支出されたものであることは前記2(一)説示のとおりであり、また、原告ら主張の右行為により本件会社に損害が発生したと認めるに足りる証拠もない。よって、原告らの右主張もまた理由がない。

(二)  原告らは、請求原因3(二)のとおり主張するが、役員報酬、役員賞与及び退職慰労金の相当性については、それが著しく不当な場合を除き、第一義的には株主総会の判断に委ねられ、たとえ原告らの主張する事実が真実であるとしても、右事実のみでは、本件役員報酬等及び本件退職慰労金が著しく不当であると認められないほか、本件全証拠によっても右原告ら主張事実を認めるには足りず、これらの支出が、本件定時株主総会の判断を経ていることは前記2(一)説示のとおりであるから、原告らの右主張は理由がない。

(三)  原告らは、請求原因3(三)のとおり主張する。

しかし、積立金ないし準備金の取崩しの点については、<証拠略>によれば、本件会社では、昭和60年度3月期から平成6年度3月期までの各期において、未処分剰余金が発生していること、本件会社の定款には準備金の定めはなく、本件会社が積み立てた準備金は、株主総会の決議により積み立てられるべき任意準備金であることが認められ、前記2(一)説示のとおり、未処分剰余金の処分及び右任意準備金の取崩しについて、それぞれ本件定時株主総会の承認決議を経ているのであるから、原告の右主張は理由がない。

また、重要な会社財産の処分の点についても、それが善管注意義務ないし忠実義務に反すると認めるに足りる証拠はないばかりか、前記2(一)説示のとおり、本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支出が本件定時株主総会の決議を経ているものであり、右(二)のとおり、その支出については著しく不当とは言えないのであるから、本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支出は適法であり、これを本件会社に対する損害と認めることはできないことに照らせば、たとえ重要な会社財産が処分されたとしても、それのみによっては原告ら主張の請求原因2(一)及び(二)の損害との間に相当因果関係があるとは言えないし、他に右財産処分による本件会社が被った損害を認めるに足る証拠はないから、原告らの右主張は理由がない。

4  なお、原告らは、取締役の責任が免除されるのは全株主の同意があった場合に限られると主張する。そして、本件臨時株主総会までの間、本件会社において株主総会が開催されなかったことは当事者間に争いがなく、これは商法234条に違反することから、これに基づく責任を免除するためには、同法266条5項により総株主の同意が必要であると言える。

しかし、株主総会を開催しなかったこと自体に対する責任は、株主総会を経ずに本件役員報酬等及び本件退職慰労金を支出したことに対する責任とは責任原因を異にするのであって、後者の点についてはこれが遡及的に適法となったことは、前記2説示のとおりであり、前者の点についても、それがたとえ総株主の同意を得ていないものであっても、前記3(一)のとおり、その責任原因に基づく損害が発生したと認めるに足りる証拠はないのであるから、原告らの主張は理由がない。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例